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繊細さはダイアモンド
「神経質」「考え過ぎ」「気にしなきゃいいじゃん」「心配性」
上記の言葉は私も昔から言われ続けてきた言葉なのだけど、HSPの方たちにとってとても傷つく言葉ですよね。
加えて、この言葉をかけられるたびに「自分がおかしいのか」と、自己肯定感も下がってしまいます。
日本の5人に1人はHSP。
他の4名はそうではないので理解されずに苦しんできたことの方が多いのではないでしょうか。
繊細な方たちは繊細ではない方たちとは違い、相手を思いやる心が大きいから「あなたが、考えなさ過ぎなんじゃないの?」「鈍感」などという言葉を返したりはしませんよね。
そのため、考慮深い繊細さんが間違っているような認識の世の中が長く続いてきました。
しかし心の深さには個人差があって当然ですよね。
ということは「考え過ぎ」「気にするな」と言われても、足のサイズを変えろと言われているものなので不可能なことになります。
そして私は「繊細という宝物」を無くす必要もないと思っています。
私も、自分の繊細さにうんざりし

と悩んだこともありますが、今では

と思って生きています。
なぜなら、考慮深いということは「人格を豊かにしてくれる」から。
芸術や料理、音楽や景色、香りや人とのふれあいから非繊細な人には理解できない幸せを知ることができます。
非繊細な方たちから投げかけられる言葉ではなく、繊細さを理解してくれる方の声に耳を傾けて自分の持っている繊細さは宝物なのだと思考を変えてみてはどうでしょうか?
とはいっても、具体的に今抱えている悩みを解消できなければ、ピンと来ないかもしれませんよね。
本日は、繊細さんが一番悩んでいるであろう「繊細ではない人と付き合う方法」について書いていきたいと思います。
繊細ではない人とうまく付き合う
繊細さんの多くは「相手の気持を優先する」人が多いので、自分がHSPであることや本当の心の内を言えない方もいるのではないでしょうか。
「繊細ではない方たちと離れ、わかり会える同士だけの世の中ならいいのに」そう思っても、現実はそうはいかないことも多いですよね。
非繊細な方たちとうまく付き合うには、下記の方法がありますよ。
- HSPであることを打ち明ける。
- 「仮面の自分」ではなく「素の自分」をだしていく。
【1、HSPであることを打ち明ける】

と、何かあると私に言う友人がいました。
その友人は、私のためを思ってこれ以上悲しまないようにと声をかけてくれていたのですが、私にとってこの言葉は苦痛でしかなくて、ある日

と打ち明けました。友人は少しの沈黙の後

と言って、2度と「気にするなよ」とは言わずに一緒にいてくれるようになったのです。
変えることのできないことは「できない」という他ないですよね。
悪いことをしている訳でも何でもないんだから、自信を持っていい発言だと思います。
初めに打ち明けるのは、勇気のいることですよね。
私は、最初のステップとして信頼関係のある友人に打ち明けようと思いました。
相手は意地悪でこういった発言をしていないことのほうが多く、これは考慮深さや感受性の違いからくるものだと思います。
できれば大切な友人のことを悪く思ったり、離れる努力をすることは避けたいですよね。
繊細さんは非言語による人の感情の察知が得意なため、どうしても言葉で確認することを忘れてしまうことがあるのですが、すれ違って苦しむ前に「自分はHSPなんだ」と打ち明けて理解を求めてみるのも

というケースも多く感じます。
【2、「仮面の自分」ではなく「素の自分」を出していく】
繊細さんは相手の期待に答えたい気持ちや、喜んでほしい気持ちから素の自分を出せないでいる場合が多いなと思います。
まずは、素の自分を出すことでどういう事が起こるのかを説明しますね。
【「表に出している自分」に合った人が集まってくる。
自分を出さないでいると、その「仮面」に合った人が寄ってくる(居心地が悪い)】

【本当(素)の自分を出す】



【集まってくる人の種類が変化する】

【本当は自分に合わない人が去り、自分のを大切にしてくれる人が集まる】
「心配症」なのではなく「先読み能力に長けている」ということ

これは私の父が私にかけた言葉なのですが、繊細な人はしばしばこの言葉をかけられ

と悩んだこともあるのではないでしょうか?
私の場合、娘の1型糖尿病の発症を想定し常に準備をしていたことから、父は私を心配してかけた言葉だったのですが、ここにはお互いの認識の中で大きな相違点があったのです。
それは、繊細ではない方からみた繊細さんの未来想定は「心配してネガティブになっている」
と受け取っていることに対し
繊細な方からしてみれば「最悪の事態を想定して、今後の策を物理的にも精神的にも準備しているだけ」
という点。
わたしは誰に何を言われようとも1型糖尿病に関しての勉強をずっとしてきましたし、そうなった時の貯金もしてきました。
本当は、そんな事態には誰だってなってほしくはありませんでした。
でも「もしもの時のため」の準備をしていたおかげで娘の糖尿病の前兆に気が付き、医師でも気が付かなかった早期発見に至ったのです。
その結果、大きな合併症や意識障害もなく退院できました。
私が、もし誰かの「心配しすぎ」の言葉に翻弄されて、勉強を怠り準備していなかったら、早期発見もできず合併症も引き起こしていたかもしれませんし、私自身もっとパニックになっていたかもしれません。
繊細さんが「楽観的」になることは不可能なことですから、ことに気がついた時にどう対処するかが大切です。
「備えあれば憂いなし」
この言葉はまさに、繊細さんの持つ「先読み能力」によってなせる大きな強みだと思います。
先に何事もなければ、それに越したことはないですよね。
私の経験上、その時になって初めて気が付き対応している人たちは、物理的にも精神的にも相当タフでない限り、大体の人がパニックに陥り主観でしか動けなくなり客観的に行動できず、さらなる負の状態になっていることを多く見てきました。
これからも「心配性」という言葉は繊細さんについてまわる言葉ですが、

と伝えることで、他の人の理解を得られることも多くあるのではないでしょうか。
繊細さんの持つ先読み能力は、想像力からきています。
感受性が強いからこそ、想像力も強く先読みできるのです。
先読みできるということは、その時々の対処法も想像し実行できるということになります。
しかし繊細ではない人の場合、感受性が繊細さんに追いつかないため想像力も少なく、その分楽観性には長けていますが繊細さんの想像力の理解は得られません。
「心配性」と声掛けしてくる多くの方の心の内には悪気などはなく、ただ「心配しすぎて心が折れてしまわないだろうか」と繊細さんを心配している場合がとても多いと感じます。
そこを理解できれば、繊細さんの心も傷つかず「心配性」の言葉にも「ありがとう」の気持ちを持って前向きに捉えることができ、自分の持つ先読み能力を潰さずに自信を持って、繊細さを使い続けられるのではないでしょうか。
ちなみに、いつも私は何かが起こった時に
と心の中で叫んでいます。
しかしPTSD(心的外傷後ストレス障害)の場合はHSPであっても適切な治療を受けることが必要。
PTSDとは過去の出来事により心が傷ついてしまい時間が経過しても癒やされず、当時の苦しみや恐怖が襲ってくる状態を指します。
もっと詳しく知りたい方は、下記のリンクから詳しい情報を知ることができるから、興味があったら読んでみてくださいね。
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心あたりがある場合は、受診してみるのも自己判断で、もやもやしているよりも安心できるかもしれないですよね。
PTSDは治療すればちゃんと治るものです。
そこを、きちんと見極めることも大切なことだと思います。
今回は繊細さんの本質を繊細ではない人との付き合い方のついてでした。