承認欲求の落とし穴〜人の評価で自分の価値は変わらない〜

承認欲求とは何か?

「人間は一人では生きていけない」冒頭からかっこいい。

承認欲求に悩み苦しむ人が多いので、今回は承認欲求から抜けだして自由になる方法を考えてみましたよ。

SNSでも、いいねの数の依存や1日中SNSを見てしまうのも承認欲求が関係しています。

その中で自分がいかに優れているかに注目するあまり、他者に承認されることで自分の存在意義を確認したいという心理が承認欲求です。

そこには「一人の人間として生きているだけでは価値がない」という思い込みがあって「優れていなければ生きている価値がない」と思って生きていることが原因で、心から満たされることがない。

なぜなら、この世界はとても広く、自分よりも何かに優れている人はたくさんいるからです。

その人たちと比べていては、自分の人間ランキングは一向に上がりませんよね。

承認欲求の落とし穴

なぜ満たされることがないのか。

それは、他者が自分を悪い人だと言えば自分の価値が低いと感じいい人だと言われれば一喜一憂する

けなされれば落ち込み、褒められれば浮かれる。

これでは精神的に不安定なままです。

人は他の人に褒められれば優れているのでしょうか?

本当に優れているのであれば、人に褒められようがけなされようが人の価値は変わりません。

自分の価値は自分で決めるもの。

人から価値は、相手の気分やあなたとの関係性で変化する身勝手なもの。

それは本当にあなたの価値ではなく、相手が勝手に都合よく決めている価値になりますよね。

そして他者とは自分の承認欲求を満たすために存在しているわけではない。

「君は僕にとって僕の価値を認めてもらい、褒めてもらうために必要な存在なんだ」

なんて言われたら嫌ですよね?

娘の勉強で、こんな出来事がありました。

「ママに褒めてもらいたくて頑張ったよ」

その言葉に対し、私はこう答えた。

「あなたが頑張ったことはとても嬉しいけど、勉強はママのためにするものではないんだよ。自分のためにするものであり一番頑張っていたことを知っているあなたが自分を褒めて認めてあげて欲しい。そしてママはあなたが何かできるから愛しているんじゃない。逆にいうと何もできなくたって愛していることは変わらないよ」

人に褒められたくて何かを頑張るということは、他者が褒めてくれないのであればやらなくていいということになる。

そして何かをする時に、目的が「褒められること」

になると、本来の目的からそれてしまいます。

学業の本来の目的は「自立して社会に出る」こと。

感謝されたくて仕事をしている人も同じ。

例えば看護師さんが感謝されたくて仕事をしていては、本来の「患者さんが早く病気が良くなり退院できるように」という目的から大きくそれています。

では、自分が相手を判断する時はどうでしょうか?

たくさんの人がいい人だと言えば、その人はいい人ですか?

たくさんの人が悪い人だと言えば、その人は悪い人でしょうか?

それを決めるのは、自分の目で見て確かめるしかありません。

自分だって周りの評価に振り回されて、勝手に価値を決められるのは不快。

有名な画家だって生きているうちには認められず、亡くなってから世に広まりました。

彼らは、生前誰にも認められなくたって描き続けていたのです。

彼らの目的が、人に認められることではなかったからと言えるでしょう。

自分の価値をしっかり自分で理解していたからこそ、描き続けることができた。

そえと「ただ描くことが好きだった」

物事の目標を見失うのは、とても危険なことなのですね。

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承認欲求から抜け出すために

承認欲求から抜け出すために必要なことを考えてみましょう。

・無償で愛してくれる人を見つける。

・自分で自分を認める。

・何かする時の本来の目的を明確にする。

・人を無償で愛する。

以上が、承認欲求から抜け出すためのプロセスです。

人間は、無償で愛してくれる存在が必要です。

幼くして親に恵まれなかった子どもは、存在すら愛されずに育つ。

でも、社会生活の中で無性に愛してくれる人間を見つけることは可能なこと。

私は娘にいつもこう言っています。

「ただ。生きてくれているだけで感謝しているよ」

そんな娘がある日突然1型糖尿病になった時

今の医療技術では治らないこと。

毎日注射をしなければいけないこと。

周りの子どもたちと、平等な生活が送れないかもしれないこと。

目の前で7歳の娘に自己注射をさせている自分は気が触れているのではないか。そんなことまで考えました。

しかし、娘の価値は病気になったから下がるわけではありません。

親にできることは、娘が病とうまく付き合えずに悲しみや怒りで前が見えなくなってしまった時に、励まし一緒に前を向くことです。

私にも承認欲求で傷ついたことがあります。

専業主婦になった時、仕事をすること、さらにはその仕事の中でも社会的地位が高くないと人間とすら見ない人に出会って辛辣な言葉と嫌がらせを受けた事があるのです。

その時は旦那さんの知り合いということもあり黙って帰宅しましたが、自分には価値がなんだと落ち込み泣き続けた。

しかし親友にそれを告げると、彼はこう言ったのです。

「君らしくないね。君の価値は君が決めてきたのに、そんな心のない言葉を気にするなんて」

そこで私は我に返りました。

私はパートナーのお仕事の経理をしながら主婦をしていたのですが、怠けず自分の中で納得のいく毎日を送っていました。

それは家族が心地よく過ごせるように、パートナーの仕事がはかどるように。

それだけです。

それが叶っている、私の価値を私が一番よくわかっています。

そして何より私が何もできなくても愛してくれる人がいる。

こんなに幸せなことはない。

もう1つ気がつきました。

社会的地位でしか人を評価し、自分自身も他者からの承認でしか幸福感を得られない人の方が苦しいのではないかと。

承認欲求とは依存の1つ

そして承認欲求とは依存の1つです。

そこに依存するあまり、認められるための作り物の自分を演じなければならない。

それは、自分の人生を生きているわけではありません。

他者の人生を生きているのです。

無償で愛してくれる人がいない。

そんなふうに嘆かれる方もいるかもしれませんよね。

逆に、あなたは無償で人を愛したことがありますか?

他者に自分がそれをできなければ見つかるものも見つかりません。

無償で人を愛することは難しいでしょうか?

私はそうは思いません。

傷つくのが怖いでしょうか?

それができないのは勇気が足りないからです。

たったそれだけ。

傷つくことを恐れては孤独な人生になってしまいます。

人生とは、傷つきながら成長し他者とわかりあい築き上げていくものです。

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