適度な母性って何?〜過保護や過干渉にならずに親子で笑顔に〜

過度な母性とは何か

上記の記事では子どもから信頼を得る方法と親の自立について書いてありますので、この記事の前に読まれるとこの先の記事がわかりやすいかもしれません。

子どもが成長するのと同時に私たち親は「どこまで保護したらいいのか」

という悩みを持ちますよね。

母性=保護

では保護の本質とは何か。

保護とは「か弱い存在を守る」ことです。

これは生まれたばかりの赤ん坊の時は、必要不可欠と言えるでしょう。

しかしその保護を続けていくと「過保護」に変わっていってしまう。

なぜなら、子どもは生まれた瞬間から自立へのスタートを始めていて

「日々学び、小さなことから徐々に自立を始めている」からなのです。

親は自分が「過保護」「過干渉」になっていることに気が付いていないことが多組み受けられます。

例えば、生まれたばかりの赤ちゃんの頃は母乳を飲ませていたはずです。

それは「固形物がまだ食べられないから」ですよね。

過干渉とは、3歳にもなり食事だけで栄養を取れるのに、無理やり母乳を飲ませながら「この子はいつまでたっても食事が取れない」と言って悩んでいるようなものなのです。

成長と同時に「保護が必要になる時と、保護すれば足を引っ張ってしまうから不必要」

な矛盾した状態の中、無自覚に過剰な保護をしてしまっているのですね。

なぜ適度な保護ができないのかというと、女性には母性が備わっているから守ることを選択するのは必然とも言えます。実は当たり前に作用することなのです。

せっかく自分では子どもを大切にしているつもりなのに、結果が過保護になって子どもの人生を邪魔することになっているなんて悲しいですよね。

保護することばかりに目がいくのは「子どもを信じていない」証拠になってしまいます。

「まだこの子には私が必要だ。弱い存在だ」そう決めつけている気持ちが、どこかにある可能性が高いのですね。

子どもの自立を望みながら、無自覚に過剰な保護をして子どもの自立を妨げていることを「過保護」「過干渉」といいます。

この状態は母親だけではなく、父親にも多く見られる現象で、これも「弱い存在」と決めつけていることが多く関係しています。

親が、子どもへの愛情だと勘違いしてしまう「過保護」は子どもの自立を妨げるだけではありません。

親の過度な期待に答えなければならないと、精神的なプレッシャーから鬱や非行に走るケースだって大いにあるのです。

過保護、過干渉とは「強いもの」と「弱いもの」の縦の人間関係を子どもに教えてしまいます。

それと同時に、そういった親は子供を保護という支配をしながら子どもに依存している事も少なくありません。

過保護により子どもは自立できない。過保護をすることにより、親もいつまでも子どもから離れることができないという構図です。

これを共依存と呼びます。

一見「友達同士のように仲の良い親子」に見える親子がいるけど、よく観察すると、いつまでも子どもに世話を焼き「優しく支配」しながら、自分の存在意義を子どもに依存しながら確認している場合もありますよ。

一生懸命子育てしている人には、厳しい現実かもしれませんが、私も含めて適度な母性で育ててあげたいですよね。

なので、現実的に書いてみました。

適度で正しい母性を身に着ける

では適度な母性とは何でしょうか?

母性=保護

という観点から

母性=受容と見守りとあるべき保護

に変換する必要があります。

自立=親離れ

これを果たすためには

「保護」を重要視するのではなく「信じて見守る」ことにシフトしていくことが大切。

私の例だと

7歳の時に、娘は1型糖尿病になりました。

「もう普通の子とは違うのか。どこまで手を出せば良いのか」

そんなことを悩んだ時期もあります。

しかし、どんな病気にかかろうとも「自立を信じ、普通に育てる」

ことを曲げなかったのです。

私も親だから、手を出したくなることはいくらだってありました。

しかし、それでは子どもの自立を妨げることはわかっていたから「見守り」を重視したのです。

「世話を焼きやってあげてしまう」ことの方がどんなに楽か。

ハラハラしながら娘が自己注射する姿を見守るのは、生きた心地がしないことでした。

ハラハラするのはなぜか?

「失敗すると子どもを信じていない」証。

その気持ちを整理し「娘を信じる」気持ちを取り戻し「できなければ助ける」ことに徹したのです。

娘は自己注射できるようになりました。

あの時、私が手を出していたら、今でも娘は自己注射できなかったかもしれません。

そして「自分は自己注射を自分一人ではできないダメな子なんだ」と、心がくじかれていたかもしれない。

見守るとは「放置して、何もかも子どもにやらせるべき」ということではありません。

「子どもができないことにだけ相談に乗り、手を出すときもある」ということなのです。

「子どもには立派になって欲しい」という理由から、過剰に厳しく育てる親もいます。

「恐怖で子どもを押さえつけ、自分の理想どうりの人間にしようとしている」ということに気が付いていない可能性が高いと感じます。

そこに、子どもの意思はなく「親の支配」のみが存在してしまうのです。

大切なのは「子どもが自分のペースで、自主的に自立していく」ことではないでしょうか?

支配的な親の考えの中には「子どもへの尊敬」が見当たりません。

「大人の言うことを聞くのが良い子」という思い込みがあり、指示されなければ動けない子どもは

「ありのままの自分を受け入れ、自立する力」がとても小さく感じます。

そんなことは、誰も望んでいないはずですよね?

子どもに健全に自立してもらうためには、親の自立(子どもへの依存をやめる)と子どもへの信頼と尊敬が必要です

繰り返しになりますが、親の保護の気持ちは無自覚なことが多く、悪気なんかありません。

だからこそ、その大切にしている気持ちが芽を出すように今一度よく考えコントロールすることでよりよい愛情をかけられるのではないでしょうか。

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育児本はいくらでもあるのに親になる教科書はない

育児というのは、自分の生きてきた集大成の結果を出すときとも言えると思います。

しかし多くの親御さんたちがしている育児は、自分の経験にだけ頼った育児となっており偏った性質があるんだ。

自分の経験にだけ頼る育児は、とても危険です。

昔のような、成績だけを重視した教育はもう今の時代には適していません。

成績だけを重視した教育には「いかに、いい会社に入るか」が重要視され、肝心の人間関係形成のための大切なスキルは、一切学ぶことができないのです。

人間関係がうまくいかなくなると何が起こるのかと言うと、離婚が増えひとり親家庭が生まれ貧困層が増えます。

育児の仕方がわからなかったり、貧困からのストレスにより、子供に手をあげる親が出てくることで虐待も生まれることがあります。

道徳観を知らないということは共感能力もないってことになりますから、自分の利益にだけ注目し、平気で人にひどいことができるような人間も多く生まれ犯罪も増えていってしまうのです。

今のように虐待やひとり親家庭、そして心無い多くの犯罪が増える中で必要とされているのは、道徳や哲学をきちんと学ばせることが必要不可欠なのではないでしょうか。

私たちの学生時代には道徳や哲学が重視されていなかったので、親の私たちが学ばなくして子どもに教えることはできませんよね。

なぜ哲学や道徳を学ぶことが大切なのかというと、道徳とは思いやりだからです。

思いやりとは愛そのものだから、愛を人に与えられることで円滑な人間関係を築けるようになると思います。

愛を与えることができるということは、人を傷つけないことへもつながります。

小さな頃は学びが足りないわけですから人を傷つけることもあるだろうし、また逆に傷つけられることもあると思います。

愛というのは筋肉と同じで、傷ついて学び鍛えないと知ることはできません。

痛みを知らないものは、愛を知らないも同然ということになりますよね。

そうして他者を通じて、お互いに成長していくことが大切です。

「人一人育てるということ自体を軽んじている人が多い」

と思います。

人間一人を育てるということは、とんでもなく大変でもありますが、自分自身も大きく成長できる素晴らしい機会ですよね。

ある女性がこんなことを言っていました。

「子どもなんか転がしてたって育つのよ」

彼女は子どもにお金だけを与え、全てお手伝いさんにさせていたのですが、彼女自身は経済的に自立していたものの、精神的には未熟そのものでした。

その子どもは大きくなってどうなったかというと、お金に依存するようになっていったのです。

彼女の発言は、ある意味間違ってはいません。

確かに肉体は転がしていても成長するけど、心は転がしておいて育つということはありません。

もちろん人生において、親だけが関わっていく人間ではないので学ぶチャンスもありますが、やはり自分が暮らしている家という環境や人間は、子どもにとって大きな影響を与えることは必然です。

育児に必要な3つのこと

育児に欠かせないことがありますよ。

・心理学、教育学を学ぶ。

・その子をよく観察し、その子にあった教育をする。

・常に育自を心がける。

以上が育児に欠かせない親のあり方です。1つずつ考えていきましょう。

 

【心理学、教育学を学ぶ】

学校の授業で私たちは数学を習いましたよね?

では数学を習わなかった人が、数学を知らない人に教えることができるでしょうか?

私たちは学校の授業の中で「育児の仕方」を学んでいません。

育児の仕方を学ぶためには、心理学と教育学が欠かせないのです。

 

【その子をよく観察し、その子にあった教育をする】

人間は十人十色。いくら教育学や心理学を学んでも、育てる子の特徴を理解しなければ適切な育児は不可能です。

具体的に、どうやって子どもの特徴を知るのかと言うと

・おとなしいのか活発なのか

・甘えん坊なのか、人に尽くしたがるのか

・起動哀楽の激しさ

・変化に対しての順応性

・規則正しさ

・集中力の持続力

まだまだありますが、これらや多くもことを観察することで、その子の特性がわかってきます。

一番大切なのは、よく触れ合ったりお話をすることで時間を共有することです。

 

【常に育自を心がける】

育自こそが、育児に必要なことです。

子どもを育てる前に自分が育たなければ、人に何かを教えることなどできるわけがない。

「今らそんな事言われたって・・・」と思ってる人もいるでしょうか?

何かを始めるというのに、遅いということはありません。

では具体的に何を学ぶべきなのか。

それは今の自分に何が足りないのか。

自分にはどんな強みがあるのか。

を、よく理解しなければ、自分自身を育てることが出来ません。

自分を知るということは、人生において何をするときも必要になります。

例えるならば、パソコンに洗濯しろと言ってもできないし、口頭で命令したって動くわけもない。

そんな当たり前のこと。と思いましたか?

自分を知らないということはそれに等しいということです。

なので、育児がまず一番大切なのですね。

では、原点に戻って育児の目標について考えていきましょう。

親が子どもにかける願い

「あなたにとっての子育ての目標は何ですか?」

こう聞かれて「急に聞かれてもわからない。毎日を送るのに精一杯」

そういった方も数多くいますが、ここで立ち止まり、自分に今一度問いかけてみてほしいのです。

「自分で仕事について食べていけるようになってほしい」

「思いやりを持って社会に馴染める人になってほしい」

「自分で考えて行動できる大人になってほしい」

様々な目標がある中で、皆さんに共通するのが

「親離れして自立してほしい」ということなのではないでしょうか。

しかし自立してほしいという思いが強いがゆえに「手取り足取りやってあげてしまう」

親御さんが多いように思います。

自立とは、その字のごとく「自分の足で立つ」ことを示します。

自分の足で立つためには、手取り足取りやっていてはいつまでも自立できません。

では「手取り足取り」ではない親の在り方とは何でしょうか?

今日は、親のあり方について考えてみました。

指針を定めた育児という旅

まず、子育てにはブレない「目標」が必要です。

私たち親は、子どもと同じように子育てについて学んで成長しています。

初めての子が生まれた瞬間から「親0歳」の誕生。

日々、心も体も成長していく子どもに、親の心がついていけずに悩み「小手先の育児法」や

その日によって変化する「ブレてぼやけた教育」になってはいませんか?

1つの大きな目標を立てておけば、寄り道しても終着地点は変わりませんからブレない育児になっていきます。

例えば、地図も持たず目的地もわからない旅では「行き当たりばったりの、トラブルだらけで終わりのない旅」になりますよね。

しかし目的地への地図を持ち、計画を立てて出かければ「想定内のトラブルにも冷静に対処し、目指す目的地へ到達できる旅」になるのです。

子どもの自立の旅で親ができること

私たち親が子どもにできることは

  1. 自立するための環境づくり
  2. 手を出さずに見守ること
  3. 転んだ時の勇気づけ

上記の3つが私たちにできることになると考えます。

 

【1、自立するための環境づくり】

環境とは主に「目に見える環境」「心の中の環境」に分類されるのですが

いつも喧嘩や険悪な空間であったり、とても汚れた家の中では集中して何かに楽しく取り組む気持ちにはなれなません。

「集中できる落ち着いた空間」であったり「いつも穏やかで冷静な周りの大人の精神状態」こそが自立できる環境にふさわしいと思います。

 

【2、手を出さずに見守ること】

子どもに親が手出しをしてしまうこと自体が「子どもの自立を妨げている」ことになってしまいます。

良かれと思って、なんでもしてしまう親が多いのですが、先程もお伝えしたように「子どもの行動を信じていない」ということにもなってしまうのですよね。

「できるはずがない」「私がいなくては」

この気持ちは、言葉にしなくても子どもに伝わっています。

失敗するかもしれなくても、自分でやってみたかったのに手や口を出されては「やる気」自体がなくなっていくのです。

子どもは無条件に親を信じています。

信じてもらっている私たちが、子どもを信頼できないのは健全と言えるのでしょうか。

信頼については、上記の記事で詳しく書いていますのでご参照ください。

心から子どもを信頼できたら、適正な見守りができるようになります。

見守ってさえいれば、大事になることもありません。

 

【3、転んだ時の勇気づけ】

見守りができた時に気をつけたいのが、子どもが失敗した時の親の対応。

子どもは失敗して成長します。

大人も同じですよね。

失敗した時に、自立を妨げる親の対応が「だから言ったのに」「まだあなたには早い」「なんでこんなこともできないの」です。

この対応は「次にチャレンジする力」をなくしてゆきます。

正しい声掛けとは「次はどうしたらいいかな?」「失敗してしまったけどよく頑張ったよ」

こういった声かけが「次にチャレンジする力」につながるのです。

成功体験だけが学びではない

子ども達はこの世界で見るもの、触れるもの全てが新しい学びです。

我が子には多くを学び、自立した大人になって欲しいのではないでしょうか?

では多くの偉人たちは、どうやって学んできたのでしょうか?

彼らの成功例が大きく取り上げられ、失敗してきた過去はあまり知られていません。

1つの成功を成し遂げるためには、本人でも数えきれない失敗という経験を実はしています。

幸せになるために欠かせない数式

思いやりを人に持てなければ幸せにはなれない。

愛は思いやりでできていて

思いやりは想像力でできている

想像力=経験×学び

なぜ私がこの式を考えたかというと

「経験だけしていても」「学びという知識だけ」でも、それは想像力や自立にはつながらないと考えたからです。

多くの親たちは、子どもの結果にばかり注目しプロセスを無視してしま傾向が多いのです。

良い結果につなげるためには多くの失敗を繰り返す必要があります。

その理由として、その失敗から何を学ぶのか。によって、次の成功へと繋がっていくのです。

親にできることとして、子どもが失敗してしまった時の「感情的にならない、前向きな声かけ」が大きな鍵となります。

結果だけを褒められたり叱られた子供は、結果にばかり気を取られプロセスを重視しなくなってしまうのです。

例えば

コップを運ぶのをあなたが子どもに頼んだとする。

子どもは、コップを落としてしまいました。

「何やってるの!部屋が汚れたじゃない!」

と叱るという選択肢を選んだ場合、「自分はいけない子だ」「こんな自分はダメだ」ということに気を取られ、またコップを落とすことを繰り返してしまう。

その結果、恐怖心が多く心に残っていきチャレンジすることすらも遠ざけようとします。

失敗から学ばせるためには、あなたの対応次第なのですね。

落とした時に許す心と、本来持つ「子どもに自立して幸せに生きて欲しい」その想いがあれば

「落としてしまって怪我はない?一緒におかたずけしよう。次はどうしたら落とさず運べるかな?」

と、声をかけることができるはずです。

プラスの声掛けで、どれだけの変化があるのかを考えていきましょう。

プラスの声かけでより多くの経験×学びを

プラスの声かけから生まれる子どもの心の変化
  1. 親への信頼
  2. 親から愛されているいう自信
  3. 共同作業の大切さ(親がうまく片づけている姿を見て学ぶ)
  4. 失敗を繰り返さないためのプロセスを考える力がつく

これらの多くのプラス要素を学びます。

1つずつ説明しますね。

 

1、親への信頼】

失敗は誰だってしたくないですよね。

失敗時にマイナスの声かけをしてしまうと「この人には素直に話せない」という気持ちが子どもの心に生まれてしまいます。

失敗してしまった時こそ、プラスの声かけで「お母さんは私を受け入れてくれている」という気持ちを持たせてあげることで親への信頼へつながります。

まずは、信頼関係を築かなければ、子どもの心にあなたの言葉を響かせることはできないのです。

 

2、【親から愛されているいう自信】

マイナスの声かけというのは否定になるから「愛されていない」と感じてしまいます。

プラスの声かけにより「愛されている」という自信を持たせてあげることで「失敗しても味方がいるから大丈夫なんだ」

という大きな力に変わるのです。

 

3、共同作業の大切さ(親がうまく片づけている姿を見て学ぶ)】

共同作業とは助け合いやお互いの理解がないとうまくいきません。

もちろん共同作業自体に不慣れな子どもは、初めはうまく共同作業ができないと思います。

だからこそ、親をよく観察して学び取ろうとするのです。

親の言葉より、親の行動の方が子供には多くの情報が伝わります。

大人も同じですが、例えばあなたが初めての料理をする時に

言葉のみで

「フライパンにバターを入れ、溶けたら豚肉をこんがりするまで焼き、ソースには白ワインをフラッペして適量の醤油と砂糖を入れて煮詰めて、先ほどの豚肉にかけてください。さあはじめ!」

なんて言われても、できませんよね?

「適量ってどのくらい?!こんがりって何色!?」

私たちにとっての日常作業は、子どもにとっては初めてのことが遥かに多くて、言葉ではうまく伝わらないのですね。

なので一緒に行動し見せてあげる。

忙しいのにいちいちそんなことしてられない、、

そんな時は少しでもいい。最後までではなくてもいいから見せてあげることが大切なではないでしょうか。

 

4、失敗を繰り返さないためのプロセスを考える力がつく】

失敗した時の声かけで

「次はどうしたらうまくいくかな?」

と声かけすることで、正しい答えがそのときに出せなかったとしても「考える力」は確実に育つ可能性が、大きく上がります。

「何がいけなかった」のかではなく「次はどうしたらいいのか」に目を向けさせるためには、未来へ繋がる声かけが必要です。

うまくいかなかったら、やり方を変えるしかないありませんよね。

「同じことを繰り返すことの結果は同じ」なのだということを教えてあげなければ、やり方を変えるという発想にはなりません。

有名なアインシュタインも「同じことを繰り返して変化を望むことを狂気と呼ぶ」と言っています。

その全てをひっくるめて、「次はどうしたらいいのか」に目を向けさせるための未来への声かけが必要なのですね。

では自分を知るための方法をもっと詳しく説明していきたいと思います。

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