会社で好かれる人・嫌われる人【飲み会編】現代の常識、あなたは大丈夫?

態度と言葉はブーメラン

誰もが部下に慕われたいはず。

誰もが上司とは上手くやっていきたい。

なのに、上手くいかない原因とは?

今回は、会社の飲み会で例えてみようと思います。

部長、課長、専務、係長、その他いろいろなや役職の方必見。

「あなたは嫌われるようなことしてないですか?」

昔は「出世したかったら飲み会にでろ」

という時代でした。意味がわかりません。

今でもその名残があるのか「なぜ飲み会に参加しないんだ?」「仕事より家庭か?」「次は来いよ」

なんておぞましい言葉なのでしょう。

言葉と想いはブーメランであることをご存知ですか?

相手に向けた言葉や態度は、そのまま自分へと返ってくるのです。

上記のような言葉は、部下が上司に言うことはありませんよね。

なぜでしょう?

上司は偉いから言ってもいいのでしょうか。

偉いって何でしょう。

社会的に認められた地位があるからでしょうか?

そうだとしたら、会社を退職後、その人には価値がなくなるということになりますよね。

上司であろうと部下であろうと「慕う」という想いには、役職は関係ないのではないでしょうか。

大切なのは、人間性(性格)。

此処から先の例は、人間性に注目して読んでみてください。

 

【ある女性社員の例】

ある女性社員が、女性だからという理由で飲み会では常にお酒を注いでいました。

彼女は年々、会社の飲み会に参加したくなくなっていきました。

それもそのはずです。女性という理由だけで疲れ切った勤務後に飲み会に参加し、キャバ嬢もやらなきゃいけない。

そして、彼女はどうするでしょうか。

退職するか、飲み会には来なくなります。

お酒を注がないと文句を言う上司が、飲み会に顔を出さなくなったら文句を言わないわけがないですよね。

その女性が優秀だったとしたら、会社にとって大きな打撃となるでしょう。

 

【ある男性社員の例】

彼には家庭がありました。

奥さんは出産直後で、赤ちゃんのお世話もあり飲み会には行きづらい。

彼は、家庭を大切にした結果、飲み会を申し訳なさそうに断り続けたのです。

彼の肩身は狭い。

なぜでしょう?

上司は飲み会に彼が来ない度に、嫌な顔をしたり皮肉や不満を言うからです。

彼の成績は上がるでしょうか?

上司にココロを開くでしょうか?

成績も上がらず、ココロも開かないでしょう。

役職をなくした人間性だけの観点で言えば、最悪の事例であることは明確です。

会社の飲み会は仲良くなるためじゃない

会社の飲み会は、「仲良くなるため」だと思っている人が多いですよね。

果たして真相は?

会社の飲み会以外だってそうですが、飲み会とは仲の良い人に会って話したいから行くものです。

飲み会→仲が深まる

ではなく

仲良くなる→飲み会に行く

です。

疲れ切った体とココロは、誰だっていち早く休めたいのが本音でしょう。

なぜ部下が気を使ってまでも、行きたくない飲み会に来るのでしょうか?

それは、上司の役職に付き合っているだけで、人間性に感動して来たわけじゃないんです。

会社の飲み会を大切にするなら、部下に心を開いてほしいなら、上司だという鎧を捨てなくてはならないのですね。

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できる上司の声掛け

先程の男性社員の例で例えてみます。

飲み会を家庭の事情で断った部下に「どうして飲み会これないの?」という言葉は、男性社員の心に重苦しく響きます。

来られないから断ったのであって、事情を聞いても聞かなくても来られないですよね。

ここで、上司鎧のない人はこう言います。

「断るのって言いづらいよね。気にしないでいいからね。また明日!」

または何も言わずにお昼のランチをおごる。

お昼なら就業時間内だし、プライベートに影響もない。

そこで、仲を深める。

上司とは、肩書だけですでに威圧感がありますよね。

上司というだけで、従わなくてはいけない存在として恐れられる。

それなのに、役職が付けばつくほどに「舐められてはいけない」「もっと厳しくしなくては」と、部下との間の壁を厚くしようとする人が多いと思いませんか?

恐怖で人の心は開きません。

上下関係でいい人間関係は築けないのです。

それどころか職権を振りかざせばかざすほど、会社の成績は下がり、人間関係は悪くなる一方なのです。

上下関係を作れば、ココロは離れていく。

部下に慕われる上司は例外なくこの意識があります。

横の関係を重視するのですね。

できる社長目線

上司が、部下にいらだち、声を荒げたりパワハラしているとしたら、その理由を考えたことがあるでしょうか?

その答えは、怖いからなのです。

何が怖いのでしょうか。

自分の地位を脅かされる恐怖。人として下に見られる恐怖。

しかし、それはお互い様ですよね。

どちらかというと、部下の方が恐怖を持っていることのほうが多いのではないでしょうか。

社長になる人は必ず、社長になる前から社長の目線を持っています。

自分自身を、目の前にコピーして見てみてください。

自分が社長だと仮定して、目の前にいる自分は社長になり会社をまとめられる人間でしょうか?

どんな部下がいたら、社長のあなたは嬉しいですか?

答えは目の前にあります。

自分が社長目線で作った、目の前にいるもう一人の自分が出世する自分。

部下からの信頼も厚く、部下と笑顔で過ごしていて、相談を受けている姿が思い浮かばないですか?

役職という鎧と恐怖を捨てて、手の内を相手に見せることが相手の心を開く手段になります。

ココロは、相手が先に開くものだと思いますか?

相手も同じことを思っていたら?

いつまでも心は開きあえず、わかり合うことが出来ませんよね。

鎧をまとっていたとしたら、周りには「隙がなく強いひと」と思われているのです。

強い人に仲間の手助けは必要ないですよね。

結果、協力しあえる人ではないという認識になります。

企業とは、集団力です。

集団力とは、弱き部分を助け合う力が不可欠になります。

その弱さを上司が見せないのであれば、集団力はつきません。

弱さを見せることで、団結力がつくのですね。

上下関係を作れば、ココロは離れていく。

この言葉は、役職も年齢も人間性と信頼には全く関係がないことを言い換えた表現です。

部下も上司も人間。

助け合い、慕い合い、出世したいなら、力や恐怖では叶いません。

 

【ライバル視の気持ちを捨てる方法】

同僚をライバル視して蹴落とそうとする場合も、社長目線になると一気にそんな気持ちをなくします。

同じ土俵だからこそ、腹が立ち恐怖が生まれるのですね。

自分が社長になって、自分のライバルと思っている人物の存在を考えてください。

ライバルということは、仕事ができるということになりますよね。

自分が社長で経営している会社に、そんなに仕事のできる社員がいたとしたら嬉しくなるのではないでしょうか?

縦社会の固定概念と役職を捨てて、横の関係を重視した人間性の交流こそが、何十年と長生きする会社の社長の特徴なのですね。

周りの呼び方でわかる自分への信頼度

私の知っている「できる上司」の中に、数名同じ共通点を持っている人がいます。

それは社員に呼ばれる時に、役職名ではなく苗字やファーストネームで呼ばれていることなのです。

役職で呼ぶということは、役職というフィルターで見ているという証拠。

でも、名字やファーストネームで呼ばれるということは、一人の人間として信頼感がある証拠。

あなたの周りにもいないでしょうか?

バカにされているのとは、大きく違います。

その人達は例外なく人としての器が広く、慕われているはずです。

特にファーストネームで呼ばれている場合は、信頼感はとても強いのです。

人は、自分が作ったフィルターで物事を見ます。

そのフィルターは外すことは出来ないので、自然と普段の言葉に出てしまうものなのですね。

社員にファーストネームで呼ばれるようになれば、信頼されていると確信してもいいでしょう。

会社もプライベートも結局、人間の価値は人間性で決まるのですね。

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