人を信じるために必要なこと〜人を信じられないのは自分を信じてないから〜

自分のことを差し置いて他者を信頼することはできない。

上記の記事では、信用と信頼の違いについて詳しく話しました。

人を信じるということに悩む人はとても多く、今回は人を信じるために必要なことを書いていこうと思います。

他者を信頼するためには「自分自身を信頼する」というプロセスが欠かせません。

カレーの味を知らない人がカレーを作れないのと一緒で、信頼とは何かを実感できない人が他者を信頼することは不可能なことなのです。

自分を信頼する(自己受容)ってどういうこと?

では「自分を信頼する(自己受容)」とは具体的にどういうことでしょうか。

それは「不完全な自分を認めること」

自分が今「母親」であれ「妻」であれ「学生」であれ、どんな役割があろうとも「完璧な人間」というのは存在しません。

しかし真面目であれば、あるほどに「こうでなくてはならない」こんな思いで完璧を求めていませんか?

不完全な自分を認めるということは「ありのままの自分を受け入れる」ということです。

「不完全な自分」を認めることは、辛いことのように思う方もいるかもしれません。

ありのままの自分を受け入れないということは

「努力しても完璧になれないダメな自分」

と決めていることと同じです。

今の自分を認め、自己受容するということは

「不完全な中で向上するために努力している素晴らしい自分」

と認識することができるのです。

だったら、どちらが素敵でしょうか?

「条件付きの信用」ではなく「無条件の信頼」が大切です。

不完全な自分は「無条件の自分」に値します。

自分への信頼は「自己受容」そのもの。

自己受容と信頼は、大きく結びついていて

不完全な自分を受け入れる=自己受容ができる=自分を無条件に信頼することができる=不完全な他者を認められるようになる。

こうして、全てつながっているのです。

自己受容できた人が「他者を受容し、無条件の信頼をできる」ようになるということなのですね。

不完全な自分を受け入れることができれば、不完全な相手も受け入れられるようになります。

「完全でなくてならない」というピリピリした不健康な心では「相手もそうでなくてはならない」という観点から、どうしても人に厳しくなり、応援するどころか足を引っ張ることにすらなってしまいます。

不完全な自分たちを受け入れた上で「どうしたらもっと成長できるか」を学ぶ方が、健康的でお互い勇気づけあえるとは思いませんか?

不完全だということを受け入れた人は「可能性を信じて傷つくことを恐れない人間」になれます。

なぜなら、不完全であること当然なので、失敗しても

「不完全な自分がよくここまで頑張った」

とプロセスを重視することが可能になるからなのです。

そうして何度もトライアンドエラーを繰り返し、理想の自分へ近づいていくのですね。

 

【「期待」ではなく「可能性を信じる」】

裏切られても笑顔でいられる方法〜可能性を信じて〜

上記の記事のように、「期待」ではなく「可能性を信じる」ことはとても大切なことです。

期待→成功することが前提になるので、失敗した時に落胆する。

可能性を信じる→ということは成功しない可能性も理解しているということになり、またトライすることができます。

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人を信じられない理由その2

もう1つの理由として挙げられるのが「自分に嘘をついて生きている」場合。

いくら人を騙せても自分自身には嘘がつけません。

人に嘘をついて生きている自分を自分自身が知っていることにより、他者も信じられないという構図ができます。

人を騙すということは、一見して騙された側が大きい被害者のように見えますが、実は騙している人の方が孤独で苦しく、償えない罪を背負って生きているのかもしれません。

自分に誠実に生きていたら、人のことも信じられるのが健全な人間と言えるのではないでしょうか。

人を信じられない理由その3

それともう1つ、自分ではどうしようもなかった裏切り行為をされた場合

心の傷が癒えるまでは人を信じられない期間があっても「必要な時間」として受け止めて心を休めてあげることが重要です。

私も信じていた人に裏切られたことは何度もありますが、心の回復には時間が必要でした。

信じていた人に裏切られたのにも関わらず、すぐに誰かを信じられる場合は、本当の意味でその人との絆が深いと言えるのだと思います。

そういった人が一人もできなかった場合、裏切られた苦しみから「自分の目利きを信じられない自分」がいる可能性があります。

これも人を信じられないのではなく、根本には自分自身を信じられなくなってしまったことになります。

しかし人間というのは、欲を理性で抑えられなくなる時もあるのが現実で、今まで信じられた人間でも全くの別人に見えるくらい変わってしまうことも少なくありません。

それは相手が変わったのであって自分自身に責任はないことを理解した上で、心を休めて回復させてあげることが大切になります。

ここからは、「平等に皆を信じることができなくてはいけないのか?」について書いていきます。

誰でも信じなくてはならないなんて事はない

今までの内容では、信じるために自分自身を変化させることについて考えてみました。

ここからは、相手について考えていきましょう。

今あなたが無理に誰かを信じようとしているとしたら、信じられない自分を責めているとしたら。

その人は信じるに値する人なのでしょうか?

信じるとは、無理に行うことではなく自然に湧き上がるものではないでしょうか?

前回の記事を踏まえても信じられない場合、相手が不誠実な場合も多く存在します。

相手の定義について考えてみました。

信じるに値しない人とは

この世界には、信じても自分が傷ついて終わるだけの人達がいます。

  • いつも嘘をついている人。(確信はないが片鱗がある)
  • 関係が不誠実である。(不倫関係、浮気相手、セフレ)
  • いつも楽観的で、言うことに一貫性がなく人と向き合うことが出来ない人。(逃げ癖がある)
  • 保身しか考えない人(思いやりがない)

上記が、信じるに値しない人だと思います。

どれにも共通することは、人(自分)を欺いているということ。

「でも、許して信じないといけない」

そう思っているとしたら、そうでしょうか?

不誠実な行いをしているのは相手なのだから、その償いは、誠実になって相手に働きかけることしかできません。

それは不誠実なことをした本人がすることであって、不誠実なことをされた側が努力をする必要があるのでしょうか?

もしも漠然とそうしなくてはならないと思っているのだとしたら、それは執着になっている可能性があります。

執着になると、愛情を失ってしまいます。

不誠実な相手を信じるということは、自分自身を大切に出来ていないということにもなるのです。

無理にどうにかして信じようとしている時点で、自分の気持ちに嘘をついている可能性が高くなります。

「人を信じられない・・」と心を病む前に「この人は信じるに値する人なのかな?」と問いかけてみてほしいのです。

人を信じるために必要なこと。の記事を読んでいる時点でとても心のきれいな人なのだと思います。

そんな人に傷ついてほしくありません。

【特殊なケースとして、過去に不誠実なことをされたけど、相手は更生したにも関わらず長期間、信じることが出来ない場合】

それは、信じられないあなたが悪いのではありません。

まだ心の傷が完治していないのです。

完治していない傷を無理に剥がそうとすると、また血が出てきて更に時間がかかりますよね?

心のかさぶたも、そっとしておくのが一番なのです。

もしくは、その間に相手を失うのが怖いのなら、本人に

「誠実になってくれたことは、すごく嬉しいんだけど、あの時の思いが壁になっている。それが辛いの。どうしたら信じられるか一緒に考えてくれたら嬉しい」

と伝えることで

マンボウくん
マンボウくん
「俺(私)はいつ信じてもらえるんだ・・・」

から

「信じたくても信じることが出来なくて辛いんだな。一緒に乗り越えよう」
マンボウくん
マンボウくん

と、誠実な人なら変化すると思います。

 

【自分の家族や子ども、友人の場合】

これも同様に

「また何か不誠実なことをするのではないか・・・」

その不安からきていることが、多く存在します。

その場合も、家族でも子ども、友人でも素直に

「あの時、こういうことをされて信じていたから辛かった。今も実は辛い。でも信じたいんだ。一緒に考えて欲しい」

って伝えるは、悪いことではなく、相手も本心が聞けるのでよくなるケースも多くあります。

口に出せないのなら、文章でも構いません。

相手がどんな関係であれ、内容は同じだと思います。

傷の修復には、時間と相手の努力と、自分自身の心の整理が必要なのです。

 

【過去に違う人に裏切られて人を信じられなくなった場合】

あなたは

「人を信じたことがいけなかった」

って思っていませんか?

私はこう思います。

ナミちゃん
ナミちゃん
信じたことがいけなかったんじゃなくて、信じる相手を間違えてしまっただけなのではないでしょうか?

信じたあなたは素晴らしい。

目の前にいる人は、過去のあなたを傷つけた人ではないはずです。

そして、信じたい気持ちもあるはずです。

信じられないのって辛いです。

このケースも勇気を持って打ち明ける必要があります。

なぜなら、相手は何も知らないから離れていってしまうかもしれないからです。

過去の人の不誠実な行動のせいで、いま誠実に向き合ってくれる人を失うのはもったいありません。

さっきも書きましたが、言えないのならLINEや文章でも大丈夫です。

最後に、私の体験談を書きます。

 

【私の体験談】

不誠実だったり、いい加減な人はいずれ孤独になります。

一時的に誰かと傷を舐めあったとしても、またいい加減な自分中心の発言や保身で揉めることになるのです。

そんな揉め事に巻き込まれた経験があるのですが、すごく辛かったのを覚えています。

何もしていないのに、相手を心配な気持ちから正論を言うことで敵扱いされたり。

その後、思ったのです。

ナミちゃん
ナミちゃん
「何でこんな気持ちにならないといけないの?」

そして、大切な家族や友人からこう言われました。

「人のために精一杯向き合っているナミを大切に出来ない人たちも好きになれないけど、それでも一生懸命向き合っているあなたを見るのが辛い」

「私は、不誠実な人と向き合っていることで、大切な人までも傷付けていたんだ・・・」
ナミちゃん
ナミちゃん

そう思って、すぐに相手の人たちと見切りをつけました。

長い付き合いだったから辛かったけど、今いる大切な人たちと、不誠実な人達の性質が違ったことがわかったからなのです。

大切な人を失わないで欲しいからこそ

信じようとする前に、信じるに値するかどうかをよく考えてみてくださいね。

ここからは人間関係の整理について考えていきたいと思います。

生きていたら誰もが通る分岐点

パートナー、家族、友人との人間関係の中で

この関係を続けていっていいのだろうか?

と迷う時期もありますよね。

その理由は感覚のズレというのが一番大きいのではないでしょうか。

まず付き合い方や見極め方のご説明の前に、人間の基本構造から考えてみましょう。

私の持論として人間は毎日「堕落」か「成長」のどちらかを繰り返して生きているのですね。

現状維持はないの?という問いには「ない」と答えるのですが、これには理由があります。

生きていると、毎日が選択の毎日ですよね。

選択し、決断するということを繰り返して生きている中で「堕落」の道へ進むのか「成長」の道へ進むのかという2択しかない。

これを踏まえた上で、なぜ人間関係に迷いが出るのかを考えてみましょう。

人間関係の迷いはここから

私の経験だと、結婚して妊娠した時、急に15年付き合ってきた友人と

「なんか合わない」
ナミちゃん
ナミちゃん

と感じることが多くなり悩んだ時期があります。

私自身が結婚と出産で、人格を強制的に成長しなくてはならず、心の差ができてしまった為でした。

このように「なんか合わない」になってくると、それは日を増すごとに大きくなることのほうが多いのですが、ここで単純な例えをしてみましょう。

これは先程の「成長」か「堕落」かの例えでもあるのですが、

・毎日ゲームばかりしている人。

・日々学び、トライアンドエラーを繰り返し人として成長している人。

この2者がずっとうまくいくと思いますか?

答えは残念ながらNO。

だいたい人との付き合いがしんどくなってきたという背景には「自分自身が成長してしまった」または「相手が堕落の道に進んでしまった」「自分が堕落していった」「相手が大きく成長した」

ということが、あげられます。

ここで人間関係をやめるべきなのか?

合わなくなってしまった以上、今までの関係ではいられません。

ここで出てくる迷いが

人間関係をやめる?

なのですが、著しく相手がおかしくなってしまった場合(犯罪、こちらの人生に大きな影響がある場合)は関係を止めざる終えないのです。

長く付き合ってきた友人や、今までは気が付かなかったけど自分が成長してみたら毒親だった場合や結婚しているパートナーだと気がついてしまったとなると躊躇するのが人間です。

ここでの健全な選択肢は2つ。

  • 関係を完全に切る。
  • 距離を置く

さらに、今後の選択しとしての基準となるのが

  • 堕落しても支えたいと思える相手なのか。
  • 自分に相手を受け止められる余裕はあるのか。

を見極めることが大切だと思います。

堕落した相手を支えるとなれば自分だけではなく、現在、一緒にいてくれている大切な人にも影響を与えるのです。

自分の大切な人を犠牲にするかもしれない覚悟も必要です。

私の知り合いで酒乱になってしまった人がいたのですが、その方はパートナーの友人でした。

できる限り見守ってあげたいとは思っていたものの、あまりに度が過ぎるためパートナーと私の関係も危うくなってしまったので

ナミちゃん
ナミちゃん
「付き合いを考えてほしい」

と話しました。

自分一人ではない場合、こういったケースもよくある話。

これが親や兄弟の場合、簡単に縁を切る選択肢はできません。

その場合は適度な距離を保ちながら一番いい関係性を探す事をおすすめします。

パートナーだった場合は「一旦、生活を一緒にしない」だとか「部屋を別にする」ということも1つですよね。

これまで「話し合いの大切さ」をずっと書いてきましたが、歩み寄る姿勢がコチラだけの状態が長く続き、相手が堕落の道へ進み続けてしまった場合、話し合いの効力は発揮できません。

一番良くないのが我慢して関係を続けるということ。

これは、お互いにとってよくありません。

私は長い付き合いの友人との付き合い方を「大切な話はせず、楽しい話だけをする友人」として付き合うことを決めました。

これは悪いことでも何でもありません。

例えるならば、料理が趣味じゃない人にいくら料理についての話を求めてもできるわけがないのと同じ。

長い人生の中で、親友だった相手がこの先10年も変わらず親友とは限らないということです。

悩む原因は「無理して付き合いを続けようとしている」「無理に離れようとしている」というのがカウンセリングの経験上多く存在します。

それを解決するには、付き合い方を変えるのが1番お互いにとって良い方法になります。

どうしても支えたいと思った相手の場合、そのためには「自分自身を犠牲にする覚悟」「自分の周りも巻き込む覚悟」が必要になります。

その上で自分の周りにいる大切な人にもきちんと話し、協力を得て支えるというのが一緒にいる場合の選択なのではないでしょうか。

裏切られるのってすごく痛いよね

この記事を読んでいるあなたは、誰かに裏切られたのでしょうか?

ココロが痛くて辛いのかもしれません。

でもこのまま人を信じられない自分では、孤独になってしまうかもしれないと恐れているのかもしれません。

疑う自分が悲しくて、人を信じるすべを探しているのかもしれません。

人を信じるのが怖いのかもしれませんね。

そんなあなたへ、この言葉を贈ります。

ナミちゃん
ナミちゃん
「今すぐ無理に誰かを信じる必要ってあるのでしょうか?信じられる人(誠実な人)は、どんなに疑ってもなんのあらも出てきません。それに誠実な人は疑われても、あなたが人を信じたいのに信じられないことを伝えたら理解してくれるし、無理に信じさせるような工作はしないと思います。
信じられるって自然に思える人に出会えるまで、疑ったっていいじゃないですか?」

いま現在、目の前に信じたいのに信じられない人が居るんだとしたらそれはどうしてでしょうか?

信じられる信じられないはコントロールできない

無理に人が自分の思考を変えようとする時、ある特徴があります。

・相手が信じるに値しない言動である。

・自分の過去の傷が癒えていない。

・直感がそう言っている。

・相手にすがったり依存しなくてはならない何かがある。

・過去の相手との思い出が現在の判断能力を奪っている。

どれをとっても、自分の意志ではコントロールできません。

どの理由にしたって、無理に信じる必要があるのでしょうか?

自然に信じられる時に信じたらいいのではないでしょうか。

冷静になって、自分で自分の気持が理解できるようになるまでそっとしておくのも大切なことだと思います。

たった一人?

今、世界にたった一人でこの記事を読んでいますか?

誰も信じられないって泣いていますか?

信じていた人に裏切られて怒っていますか?

誠実に生きてきただけなのに嫌なことばっかり?

みんな裏切る?

上辺の友情や愛情ばかり?

私も、家族も恋人も友人も居なかったことがあります。

辛いですよね。

死にたくなる日もありますよね。

でも、どうしたらいいかわかんない?

私は、そんな時こうしました。

自分の親友になる。

馬鹿げてますか?惨めなことでしょうか?

自分の親友になると、腹たってくるのです。

自分を大切にしてくれない人が。

自分の親友だから。誰よりも自分が大切で、誰よりも自分のこと知っています。

自分にも人にも嘘ついたらすぐに指摘してくれるし、良いことしたら誰よりも早くいっぱい褒めてくれる。

そうしてると、「あんた達なんなの?!」って自分を傷つけた人達に思えてくるのです。

これって寂しいことでしょうか?

私は未だに一人の時間も好きです。

大切にしてくれない人や、上辺の友情や、愛情の中、作り笑顔作ってるより、一人で好きなことしてるほうが楽しい時もあります。

どんなに前世や宗教観、過去や未来が見えます。って人が、前世があって、生まれ変わります。

とか言ったとしても、今の人生は今しかないですし、今しか記憶にないですよね?

だったら今を楽しく生きるほうがいいって、開き直ったて良くないですか?

誰も傷付けないなら、誰かに文句言われることあるのでしょうか?

人といて傷つくなら、いなくていいと思います。

忍耐とか根性とか言う人も言ますよね。

そんな、なんな論理も説明できないものは実行しなくていいと思うのです。

こうして私は自分の親友になって、今の友人が私と居てくれることを選んでくれました。

数は少ないけど、100人心通わない偽りの友人がいるより楽しいです。

友達ってSNSのいいねの数とか知り合いの人数じゃないですから。

無理して笑ったり、無理して人に合わせたり、傷ついてるのに笑ったり、そんなことしなくていいのです。

あなたの人生はあなただけのものですから。

裏切られて信じられない時の記事かこちら↓

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