話し合いでわかり合うための3つのルール〜喧嘩は話し合いじゃない〜

目次

価値観も性格も違うからうまくいかないと思う理由

本日のお悩みはこちらです。

「結婚してから1年半が経ち、お互いの価値観が違うことに気がつきました。性格も違うのでうまくいきません」

こんな相談もよく受けます。

まずは、話し合いのルールの前に「価値観」や「性格」について書いていきますね。

お互いの価値観も性格も、お付き合いしている時から違ったはずです。

こんなに時間が経ってから、それが原因でうまくいかないと思っている理由にはいくつかあります。

・付き合っている間わかっていたが小さなことだと思って放置していた。

・結婚して一緒に暮らすようになってからお互いへの関心が高まったことで、価値観の違いを大きく感じるようになった。または新しい相手の価値観を知った。

・価値観や性格が合わないことでうまくいかないんだと理由付けしたい。

・擬態能力が高く結婚して時間が経ってからDV気質やモラハラの性質を出すようになった。

以上が多くの原因なのですが、1つずつ考えていきましょう。

【付き合っている間わかっていたが小さなことだと思って放置していた】

付き合っている間は、お互い楽しい時だけを過ごしていれば、合わないものに目を向けて、話し合いやぶつかり合いで時間を過ごすよりも楽なので、事をうやむやにして過ごす恋人同士は多いと感じます。

だから、結婚してから気がついたという解釈になるのだと思いますが、本当に向き合える夫婦になるには、どんなに不都合なことも話し合う必要があります。

言い換えると、そうしないと人間関係は誰といてもうまくはいきません。

 

【結婚して一緒に暮らすようになってからお互いへの関心が高まったことで、価値観の違いを大きく感じるようになった。または新しい相手の価値観を知った】

人間は、相手に関心を持てば持つほどよく観察するようになるので、結婚して一緒に暮らすようになれば必然的に相手のことが明確に見えているように感じるものなのです。

 

【価値観や性格が合わないことでうまくいかないんだと理由付けしたい】

どんな理由にせよ、他に違う理由があるのにそこに目を向けずに、価値観や性格が合わないことでうまくいかないんだと言い聞かせているケースです。

なぜなら価値観や性格が違うことが、本当にうまくいかない理由であるなら、付き合って長くても数ヶ月でうまくいかないと理解しているはずだからです。

相手の価値観は、よほどその人の人生を左右するような出来事にあってない限り変わっていません。

例えば

「優しくていい旦那さん」だと言っていたのにある日「優柔不断」だと言い出したり。

「決断力のある旦那さん」だと言っていたのに、ある日「支配的」だと言い出したり。

こんな風に、変わったのは自分が相手に思う気持ちの方ってことも多々あるのです。

もちろん例外もあります。

 

【擬態能力が高く結婚して時間が経ってからDV気質やモラハラの性質を出すようになった】

擬態能力に優れている嘘つきな人というのは本当にいるもので、自分の自信のなさから自分を偽ります。

しかし、本質は変わっていないので時間が経つと本性が出てきてしまう。

このケースの場合、今後の選択肢としては

・戦う

・別れる

の二択の選択肢になるのですが、

【戦う】

私は昔、DVの男性に対し反撃をしたことがあります。

その人は私の反撃が相当怖かったのか、2度と私に手をあげることはありませんでした。

手をあげる男性というのは会話ができないという特徴があるので、話し合いがまともにできず結局別れました。

手をあげる人に会話ができないという特徴があるのには、

・言葉では勝てないので力に頼る。

・気持ちを言語化できない。

そして「人間関係は勝ち負けではない」と理解できていないので、必死に勝とうとしてくるのです。

言葉がまだうまく使えなくて、手や足が出る幼稚園児と同じ心理です。

 

【別れる】

結婚していようが子どもがいようが、自分を偽ってあなたを欺き、さらに暴力や言葉の暴力をする人といて幸せでしょうか?

残念だけど、そういった人が変わる可能性はとても低いのです。

自分自身で「本当に変わらないとまずい」と思わない限り変わることありません。

その間の苦痛は、思っているよりも大きく傷も深いものとなります。

そうなる前にお別れすることの方が、建設的な場合は多く存在します。

価値観や性格が違う方がうまくいく

同じ価値観や性格の方がうまくいくなんて言葉を耳にしますが、私はそうは思いません。

同じ趣味や思考を持っているということは素晴らしいことですし、分かり合える部分が多いほうがいいと思います。

全ての価値が同じでは、新しい発見は少ない。

価値観が違うということは、自分とは違う視点で物事をとらえたり、新しい発見があのです。

「価値観や性格が合わないことでうまくいかない」んだと理由付けしたい人は

「どちらかがどちらかに賛成しなければならない」と勘違いしている事が多いと感じます。

なぜ、必ずどちらかの意見が正しいかを決めなければならないのでしょうか?

考え方も価値観も人それぞれでいいじゃないですか。正解なんかないのだから。

価値観や性格が違うことで、うまくやっていけると思っている人は

「賛成はできなくても理解はできる」という事を知っています

賛成はできなくとも、相手の思考や価値観を理解し認めることは可能ですよね。

お互いが認め合うだけで、素晴らしい関係になれるのです。

夫婦というものは1つにならなければいけないものではないし、人間は個々それぞれの人格があり同じ性格なんて存在しません。

それを自分とは違うから不快にとらえ否定的になるのか、新しい発見やその人そのものの思想なのだと理解し肯定的になるのかは自分次第。

そんな人間はこの世に存在しないとは思いますが、仮に全く同じ価値観や性格のパートナーがいたとして、何を見ても何を食べても何を触っても同じ意見なんて、つまらないじゃないですか。

意見が違った時、どちらが正しいか正しくないかを決めたり、勝ち負けを決めるていがみ合い否定するよりも、理解し合うために話し合っていると思えばお互いを尊重しあい理解を育み、楽しい時間を過ごせるはずです。

我が子に対しての、教育や向き合い方も同じ。

子どもは、親のいいなりになるために生まれてきた訳ではないですよね。

あなたも、親のいいなりになるために生まれてきたわけではないですよね?

子どもというのは、若さと経験の少なさゆえに、理解できない発想を言い出す時もありますが、その子なりの今ある精一杯の思想なのです。

その思想を理解できなくても、その子が今そう思って生きているという思想としては理解できますし、その時のその人の価値観や思想がその人の未来の人格を構成していくってことを考えられたら理解はできると思うのです。

受け取る愛ではなく、与えることで自分の幸福を得られることをテーマにお話ししています。↑

では、価値観や性格について相手との関係をよく考えたら、今度は仲直りの話し合いについて考えていきましょう。

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向き合って話し合いをする意味とは

恋人関係において話し合いとはどれだけ大切なのかを力説してきたのですが、話し合いとは裁判と同じという捉え方で考えを書いていこうと思います。

というのも、弁護士の世界では法定で裁判をする際に、嘘や隠蔽が発覚すると弁護士資格を剥奪されてしまうのをご存知でしょうか?

男女関係においても同様に、嘘や隠蔽がわかってしまえば彼女または彼氏という資格は剥奪されてしまう可能性がありますよね。

恋人関係でなくともそれは同じ。

話し合いにおいて、1度約束したことは守らなければならない。

守ることができなかったら、誠心誠意で謝るしかない。

これはその後の関係修復には欠かせない条件でもありますし、そうやって人は信頼関係を形成していくのではないでしょうか。

「今は正しく生きている」と、いくら主張したとしても、過去に欺いた経歴があればその数と内容に比例して信用を取り戻すことは難しくなって、最悪の場合は家族や友達の権利をなくすこともあります。

この事に気がついていない人が多く、気が付かない理由として「実際に剥奪される権利の証書がない。故になんとかまたお得意の嘘で相手をコントロールできるだろう」という甘えがある場合も多くあります。

誠実な人を一瞬コントロールするのは、容易なことなのかもしれません。

しかし、誠実な人は頭もいいので気がつくのは時間の問題です。

私の経験で言えば、騙した人に対しては

「金銭や一時の感情は奪えても、あなた達は正しい心という永遠にかけがえのないものを失った。その代償はあなた達がついた嘘の数や傷つけた人たちの数に比例して一生あなたを自動追跡し形を変えてしっかり自分に返ってくるだろう。その頃に後悔しても周りに信じられる人も心から愛してくれる人もいなく途方に暮れるといい」

といつも思っています。

病気の子どものために、必死に貯めたお金を奪った人たちがいました。

親しい人が嘘を付かれて、何度も私から心と金銭を奪われたこともありました。

その時傷ついたのは私だったのですが、実際虚しい人生なのは彼らや彼女たちです。

【権利剥奪されるまでのプロセス】

誠実の化身と言ってもいいほどの人たちは偽りごとが嫌いな半面、人の痛みや悲しみに敏感で愛にあふれているため、一定ラインまでは許すというのが特徴かなと思います。

さらに、何度裏切られても関係がある限りは信じるというスタイルを変えません。

そんな人達の見切りポイントは

・自分のボーダーラインを超える裏切り回数。

・開き直った言葉による反省のなさ。

上記により見切りをつけるのですが、見きった後に二度と関係性は修復されません。

長い裁判の末、権利剥奪が決まったら再審査はされないということと同じですね。

裏切り続けてきた人達はこう言います。

「冷たい!今一生懸命生きてるのに!」

この言葉で、さらに誠実な人の心の決断は強固のものとなります。

この言葉には自分のことしか考えていないということと、裏切ってしまった人への経緯がないため反省がないのがわかってしまうからです。

「やっぱり自分のことしか考えていない性格は、変わっていないんだんだな・・・」と思われてしまいす。

何度、許してきたとしても「もう信じない」と決意した人に何を言っても無駄なのです。

「そういうところだよ」しか思わない。

誠実な人は、可能性にかけていただけなので「この人には、もうなんの可能性もないな」と思えば離れていきます。

そして、例外なく全員がこう言いたいはずです。

「今までさんざん裏切られても信じてきたのに、それに対しての謝罪もなくいつまで人の善意に甘えて生きているの?」

浮気、不倫、金銭トラブル。

どれをとっても不誠実なことをしてしまったら、誠実に話し合い、自分の否は認め、裏切ったのに話し合いしてくれるということに感謝して、できない約束はせず2度と裏切らないということしかないと思います。

それでも失った信用は、一生取り戻せないかもしれません。

 

【関係性が家族だった場合】

これについて私は、長年悩んできました。

自分の家族が嘘つきで搾取者だった場合、見切りをつけるのは容易ではないのですよね。

「裏切られ続けた挙げ句に、なぜ自分が悲しい思いをしなければならないんだ」

そう思うことでしょう。しかし自分の人生のためには離れるしかありません。

そんな時には、他人以下の距離を取ることをおすすめします。

家族だから。誠実だからこそ関係性を切ることができない。

であれば、傷つかず巻き込まれない範囲まで距離を取るしかありません。

本当に心から家族が変わったと思えた時に、関係性の距離を縮めたらいいのではないでしょうか?

家族だからといって見切りを長引かせてまともに話し合いをしていても、傷付けられる言葉しか返って来ない可能性が高い。

相手は気がついていない側の人なので、視点が違いすぎて話がとことん合わないのです。

悲しいけど、相手がちゃんと気がつくまで待つしかないと思います。

とは言っても変わらない不誠実者が9割

心や金銭を平気で奪える人が変わる確率は1割にも満たないと私は思っています。

これは長年の経験からですが、人に嘘いついてヘラヘラできたり逆ギレできるような人は、心が壊れてしまっているのです。

その心を修復できない限り改善はできません。

人を欺くのが日常な人は、自分とも向き合っていないので、心が壊れていることにも気が付かないのでうs。

人を欺き続けた結果、自分自身すらもわからなくなって不幸になっていきます。

悲しいですよね。

もう1つの理由として嘘ついた後に人の情けや慈悲にすがるのに必死になるのでいつまでも学ばない。

自分の過ちを認め、改善を試みるという自分と向き合うことでしか人間性は変えられないのです。

結局、人と人は誠実に向き合った関係でしかうまくいきません。

そんなことは当たり前のことなのに人を欺くのは、自分の利益に溺れて裏切る行為が根付いてしまった結果。

でも1割にかけて、もしも変わったのであれば、過去は水に流してまた誠実に向き合うのは裏切られた側にできる優しさなのかもしれませんよね。

この例外を除いて、喧嘩やすれ違いの心の修復のために、ここからは仲直りができる話し合いのルールを書いていきますね。

話し合いにはルールが必要

お互いの絆を深めたり、すれ違いを解消するには「話し合い」が必要です。

ルールなしに漠然と「話し合い」をしても解決にはならず、むしろ相手との関係を悪くする場合があります。

そうならないためには、話し合いのルールをきちんと決めておく必要があります。

なぜルールを作らず話し合いをすると、むしろ関係が悪くなるのかというと

 

ルールを決めない話し合いの落とし穴
  •  一方的に自分の要求だけを通そうとする会話になる。
  •  目的を定めていないために、話があっちこっちに方向転換する。
  •  どちらかが悪いと決めるような喧嘩になりやすい。

以上がルールを決めないで話し合いをすると起こり得る内容です。1つずつ考えていきましょう。

一方的に自分の要求だけを通そうとする会話になる。

これは話し合いではないですよね。

ルールがないために「俺(私)の話を聞け」という一方的な会話になりやすく、感情的な方が有利になる意味のわからない状況になる。

 

目的を定めていないために、話があっちこっちに方向転換する。

最終的に何を決定する話し合いなのか決めていなければ、話が前後左右に飛んでしまう。

例えば、初めは「ゴミ捨て当番」についての話し合いから始まったはずなのに、お互いの日々抱えてきた思いから

「お互いの生活態度」や「子育ての方針」にまで発展し、何を話していたのかもわからないどころか、傷つけ合って終わることも多々あります。

 

どちらかが悪いと決めるような喧嘩になりやすい。

話し合いをどういうルールや理由でするのかが明確でない場合、どちらも譲らずに勝ち負けを決めるような内容の会話になりがちです。

先ほどの例と同じく、話がブレてしまい「私の方が(俺の方が)これだけやっている」

という主張のみをぶつけ合い、本来の目的を忘れただの喧嘩になって終わるという最悪な結果ですよね。

話し合いとは勝ち負けを決めたり、喧嘩するためではないはずです。

では、話し合いのルールの前に喧嘩になる原因と、ならないようにするための心の整理について書いていきますね。

他者の課題と自分の課題とは

嫁姑問題という言葉はよく耳にする言葉ですが、その原因とは何だと思いますか?

一言で伝えるとしたら

「他者の課題への異常な執着と介入」です

きちんと自分の課題と他者の課題を分ける癖をつけなければならなりません。

例えば育児だと、子どもの課題と親の課題。

分けるとこうなります。

子どもの課題
  •  宿題をやらない
  •  自分の部屋を片ずけない
  •  遅刻する
  •  友達と喧嘩する

これらにおける行為によって起こり得る結果が、親ではなく子ども自身にふりかかるものを指します。

親の課題
  •  夫婦喧嘩
  •  家計難
  •  仕事の忙しさ
  •  親の交友関係。

これらにおける行為によって起こり得る結果が、子どもではなく親自身にふりかかるものを指します。

【親子共通の課題】
  • 兄弟喧嘩して家の物が壊れたり親が眠れなかったりする場合。

これは子供だけでなく親にも迷惑がかかるケースだから「眠れなくて困っているから解決したい」と親が持ちかけたとする。

しかし、どこまで介入するかを明確にしなければなりません。

  • 子どもから「今の勉強についていけなくて困っている」と相談された時。

これはあくまで子供の課題だけど、勇気づけや選択肢の幅を子供に広く持ってもらうまでが介入範囲であり、それ以上は指示や命令にあたるので、最終決定は必ず子どもにさせなければならないよ。

  • 夫婦が離婚することになりそうな時、子どもにも迷惑がかかる場合。

親だけではなく子供にも影響があるから、子どもは離婚に口を出す権利があります。

人の課題に介入しすぎると

親子編

・子どもが自分で問題を解決しようとする能力を鍛えられず自信を失う。

人に指示を仰ぐということは、自分で考えることをやめるということになります。

自己決定ができない人は、社会で孤立していってしまう。

・子どもが親に依存し、結果を親のせいにする。

子どもは自分で決めていないので、その責任を親に押し付ける理由にもなってしまいます。

そして、その結果を通じて何がいけなかったのかを学ばないので、いつまでも繰り返したり人のせいにして生きるようになっていく。

・親が忙しくなる。

親自身の課題の決定でも多くあるのに、子どもの課題まで把握して判断していては忙しくなるのと同時に、忙しさで冷静な判断もできなくなってしまう。

・親が支配的になりいつも親の指示でしか決められなくなり、最終的には子どもの意にそぐわない判断を親がすると親に逆らい関係が悪くなる。

共通の課題にする時のステップと親の在り方

共通の課題にするかは、お互いの同意が必要です。

では具体的にはどういったことでしょうか?

【共通課題へのステップ】

1、素直な気持ちを口に出して相談する。

言わなければ何も始まらないですよね?

2、その相談を聞いた方が共通の課題にするかを決め話し合う。

自分は共通課題にして欲しくても、相手が同意してくれるとは限らないけど、話しあってみなくちゃ理解は得られません。

3、共通の課題としてお互いが認めたら、解決策をお互いに考え実行する。

大切なのは、原因や犯人ではありません。

協力して、いい未来を築くための解決策を導き出し実行することじゃないでしょうか?

【相談された時の親の在り方】

・感情的にならない。

相談している方は、感情的になられると心を開いて素直な気持ちを打ち明けられません。

・親が最終決定したり誘導しない。

結果を被るのはあくまで子ども、自己決定させることで自立心を養えます。

・相談内容がどんなことでも無視をしない。

どんな内容でも子どもなりに必死で悩み、心許せる親に相談していることを忘れないであげてください。

その気持ちを大切にして耳を傾けることで信頼関係も築け、乗り越える自信にもつながっていきます。

・親だけが動くのではなく一緒に作業する。

親だけが動いてしまっては、子どもは学びません。

学ばないということは、成長できないということになります。

一緒に作業し経験させることで、責任感と学びを理解できるようになっていきます。

親子関係や恋人関係において、夫婦や友人関係においても介入していいことは何1つないのです。

私は「こうした方がいい」「こうすべきです」と平気で指示できる人というのは、その先の責任が取れるものだけに留めないといけないと思います。

なぜなら、その課題が相手だけの課題であり、結果が本人にのみふりかかる場合、その発言に責任を取れませんし、責任が取れないことを指示し口に出すのは無責任であり、思いやりも足りないことになるからです。

この世界に「絶対」などは存在しないので、

絶対が存在しない以上、自分の意見で必ず物事がうまくいく保証なんかどこにもありはしません。

大切なのは自己決定できるようになることであり、自己決定とは自立を示します。

では課題わけができたら、話し合いのルールについて考えていきましょう。

分かり合える話し合いをするための3つのルール

話し合いをする際にはお互いが納得できるルールが必要。

話し合いをする際のルール
  1. 感情的にならないで、素直な気持ちを話し合う。
  2. 何について話し合うのかきちんと決める。
  3. 喧嘩ではなく、今後のお互いの関係が良くなるためと理解した上で話し合う。

上記の3つが建設的で理解し合える話し合いの最低限のルールとして考えていきましょう。

  • 1、感情的にならないで、素直な気持ちを話し合う。

感情というのは「自分の要求を通すための武器でしかない」

感情については下記の記事をご参照ください。

わかり合うための話し合いに武器は必要ないし、武器を持ち出されては相手は素直な気持ちを話せません。

感情という武器を持ち出して話すのであれば、それは話し合いではなく「支配し命令を下す」のと同じです。

建設的な話し合いには、冷静な態度が必要なのです。

それでも話し合いの最中に感情的になってしまった場合は、一度時間置くかその場を一度離れるかして、気持ちを落ちつかせましょう。

そしていくら感情を隠しても、素直な気持ちを言葉で表さなければ意味がありません。

 

  • 2、何について話し合うのかきちんと決める。

話の最終地点を決めておくことで、目標の話から脱線した場合は「話を元に戻す」ことが可能になります。

他に話したいことがあるのなら、今の話し合いが終わってから次の話し合いをすればいいのではないでしょうか。

 

  • 3、喧嘩ではなく、今後のお互いの関係が良くなるためと理解した上で話し合う。

お互いに構えた状態では「戦争」になりかません。

話し合いをする前に「喧嘩をするのではなく、わかり合いたい」

ということを、お互いに定めておくことが大切です。

どちらかが戦闘態勢だった場合は「気持ちが落ち着いたら話そう」と、お互いが冷静になれるまで待ちましょう。

話し合いをお互いに望んでいるという時点で、心の中ではお互いに「わかり合いたい」という思いがあるはずです。

もう付き合っていかない相手なら、話し合いなどする必要はありませんよね。

諦めないで、できるところまで頑張ってみましょう。

私も、この課題は日々考えさせられます。

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